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鳩サブレーはなぜ鳩の形?明治の和菓子屋が洋菓子に挑んだ誕生秘話

鎌倉駅を降りて小町通りを歩くと、紙袋を手にした旅行者の姿に、鳩の絵や文字が添えられていることが多い。鎌倉土産としてすっかり定着した鳩サブレーである。…

鳩サブレーはなぜ鳩の形?明治の和菓子屋が洋菓子に挑んだ誕生秘話

袋や箱を開ければ、そこに入っているのは鳩の輪郭をした薄焼きの菓子。形はあまりにも見慣れているため、かえって「なぜ鳩なのか」と考える機会は少ない。しかし、この形には鎌倉の土地、鶴岡八幡宮、明治期の洋菓子文化、そして和菓子屋の商売感覚が重なっている。

鳩サブレーの誕生をたどると、単に外国の菓子をまねした話では終わらない。西洋から伝わったバター風味の焼菓子を、鎌倉の門前町で売れる土産物へ変えていく過程で、素材は洋風に、形は土地由来に、呼び名は外来語と日本語の間に置かれた。あの鳩の形は、明治の鎌倉で行われた文化の翻訳そのものなのである。

明治の和菓子屋が挑んだ洋菓子作り:外国人との出会い

1894年、瓦煎餅から始まった豊島屋

豊島屋は1894年、明治27年に鎌倉で創業した。現在の看板商品から想像すると、最初から洋風の焼菓子を専門にしていたようにも見えるが、創業時は和菓子屋である。看板商品は瓦煎餅で、現在の「古代瓦せんべい」につながる菓子だった。

瓦煎餅は、鎌倉という土地との相性がよい。寺社や史跡を訪ねる人が集まる門前町では、土地の歴史を感じさせる意匠を菓子に取り込むことが、土産物としての分かりやすさにつながる。瓦という形は、古い建築や寺社を連想させ、鎌倉を訪れた記念にもなる。焼き菓子の形を整え、焼き上げて商品にする技術も、和菓子屋の仕事の延長にあった。

つまり、豊島屋の出発点は、地域の由緒を菓子に置き換える商売だった。ここが後の鳩サブレーを理解するうえで重要になる。鳩サブレーは西洋の菓子を取り入れた商品だが、土地との結びつきを捨てた商品ではない。むしろ、創業時から続いていた「鎌倉らしい形を土産物にする」という発想が、別の素材と結び付いたものと考えられる。

瓦をかたどった菓子と、鳩をかたどった菓子。見た目は大きく違うが、どちらも鎌倉に来た人が、その土地の印象を持ち帰るための仕掛けを備えている。菓子の味だけでなく、輪郭そのものに土地の意味を持たせる。この考え方が、後の新商品にも受け継がれていった。

鎌倉に届いた西洋の焼菓子

鳩サブレーの誕生には、創業から数年後、外国人から西洋風の焼菓子を見せられた出来事が関わっていると伝えられている。明治30年頃、豊島屋の店を訪れた外国人から、バターを使ったビスケットのような菓子を受け取った。それが、後にサブレー作りへ向かうきっかけになった。

当時の日本では、すでに開港場を通じて西洋の食文化が入り始めていた。横浜や神戸、長崎などでは、外国人居留地を中心にパンや洋菓子、乳製品といった新しい食品に触れる機会があった。一方、鎌倉は古くからの社寺と門前町の性格を持つ土地であり、日常の菓子文化はまだ和菓子を中心に回っていた。

その鎌倉の和菓子屋に、バターの香りを持つ西洋の焼菓子が入ってきた。これは、現代のようにレシピや製菓材料が簡単に手に入る時代の試作ではない。材料の調達も、配合の見当をつけることも、焼き上がりを調整することも、手探りに近かったはずだ。

瓦煎餅とサブレーは、どちらも粉や砂糖を使って焼き上げる菓子ではある。しかし、風味も口当たりも目指す方向が違う。瓦煎餅には瓦煎餅の焼き上がりがあり、バターを使うサブレーは香りとコクが前面に出る。西洋菓子をそのまま再現するには、和菓子屋が慣れてきた技法だけでは足りなかった。

それでも、まったく別の世界に飛び込んだわけではない。焼くための設備があり、粉と砂糖を扱う経験があり、土産物として形を整える感覚もあった。和菓子屋として積み上げてきた技術を土台に、未知の素材を試す。その組み合わせが、豊島屋の洋菓子作りを現実のものにした。

洋菓子作りへの挑戦は、和菓子の技術を捨てて新しい分野へ移ることではなかった。すでに持っていた道具や手の感覚を使いながら、材料と味の方向を変えていく作業だったのである。新しい菓子を生み出すとき、すべてをゼロから始める必要はない。むしろ、既存の商売の延長に未知の要素を差し込めるかどうかが、商品化の分かれ目になる。

鳩サブレーは、洋菓子をそのまま輸入した商品ではなく、鎌倉の和菓子屋が手元の技術で西洋の味を組み直した菓子である。

バターの香りを、鎌倉の土産物にする

鳩サブレーを語るとき、バターは単なる原材料ではない。商品を見たときに感じる洋風らしさは、鳩の形よりも先に、香りや味から伝わる。明治期の日本人にとって、バターの風味は現在ほど身近なものではなかった。乳製品を使った菓子そのものが、まだ珍しい存在だったからである。

ここで問題になるのは、珍しい素材を使うだけでは商品にならないということだ。味に驚きがあっても、買う理由がなければ土産物として広がらない。そこで必要になるのが、鎌倉とのつながりを示す形だった。

西洋風の味に、鎌倉で意味を持つ鳩の形を与える。これによって、菓子は「外国の珍しい焼菓子」から「鎌倉で買う理由のある焼菓子」へ変わる。素材だけを見れば洋菓子だが、輪郭を見れば鎌倉の菓子である。この二重性が、鳩サブレーの最初からの強みだった。

比較する点瓦煎餅鳩サブレー
創業時の商品との関係豊島屋の和菓子屋としての出発点洋風焼菓子へ広がった新商品
味の方向瓦煎餅として親しまれてきた焼き上がりバターの香りを生かしたサブレー
形の意味瓦や古い建築を思わせる意匠鶴岡八幡宮や境内の鳩に結びつく形
土産物としての役割鎌倉の歴史を持ち帰る菓子鎌倉らしさと新しい味を一緒に持ち帰る菓子
商品の印象和菓子としての土地性洋風の味と鎌倉の土地性の組み合わせ

この表で分かるように、鳩サブレーは瓦煎餅と正反対の存在ではない。どちらも、鎌倉に来た人が土地の記憶を持ち帰るための菓子である。違うのは、土地の記号に重ねた味が、和風か洋風かという点だ。

鳩サブレーの新しさは、バターを使ったことだけではない。鎌倉で売る菓子として、洋風の味をどのように受け止めてもらうかまで考えられていた点にある。味が西洋風であっても、形と売り場が鎌倉に結び付いていれば、買い手はその菓子を自分の旅の記憶の中に置くことができる。

鶴岡八幡宮への崇敬が形に:鳩のデザインが採用された理由

「八」の字が鳩に見える

鳩サブレーの形の由来としてよく知られているのが、鶴岡八幡宮の本宮に掲げられた額の「八」の字である。向かい合う二羽の鳩のように見えるこの字が、鳩の意匠につながったとされている。

鶴岡八幡宮は、鎌倉の観光を考えるときに外せない場所である。鎌倉を訪れる人にとって、八幡宮は単なる観光名所ではなく、町の成り立ちや信仰と結び付いた中心でもある。門前で売る土産物に、その場所を連想させる形を取り入れるのは自然な判断だった。

「八」の字から鳩を見いだす発想は、抽象的な記号を具体的な形へ変えるものだ。文字として見れば漢字だが、遠目に見れば二羽の鳥が向き合っているようにも見える。その見立てを菓子の型に落とし込めば、鶴岡八幡宮を訪れた人だけでなく、そこへ行ったことのない人にも、鎌倉とのつながりを伝えられる。

さらに、鶴岡八幡宮の境内に鳩がいることも、意匠の説得力を高めた。額の「八」が鳩に見えるという視覚的な連想だけなら、やや趣味的な見立てで終わる。しかし、実際に境内で鳩を目にするなら、その形は参拝者の記憶と結び付く。文字、場所、動物のイメージが一つにまとまった。

土地の記号を、菓子の輪郭に変える

鳩サブレーの形は、単なる飾りではない。土産物の菓子にとって、形は包装や商品名と同じくらい強い情報になる。文字を読まなくても、袋から鳩の輪郭が見えれば、商品を思い出せる。誰かに手渡すときにも、鳩の姿そのものが話題になる。

明治期の土産物にとって、こうした分かりやすさは重要だった。現在のように写真や動画で旅行の記憶を共有できるわけではない。持ち帰った菓子の箱や包装紙、そこに描かれた絵が、訪れた土地を伝える役割を担っていた。

鎌倉の土産として、富士山や大仏を形にする方法も考えられる。しかし、鳩は鶴岡八幡宮の具体的な記憶とつながり、なおかつ菓子の形として扱いやすい。極端に複雑ではなく、輪郭だけでも鳥だと分かる。焼き菓子の型にするには、視認性と製造のしやすさを両立できる形だった。

形を整理すると、鳩サブレーには三つの層がある。

1. 鶴岡八幡宮の「八」の字から、向かい合う鳩の姿を連想する。

2. 境内で目にする鳩が、その連想を具体的な記憶に変える。

3. その鳩を、バター風味の洋風焼菓子の型として定着させる。

この流れを「和洋折衷」の一言だけで片付けると、少し大事な部分が抜け落ちる。洋風なのは主に味と製法の方向であり、形には鎌倉の信仰と観光の記憶が使われている。鳩サブレーは、洋菓子に和風の飾りを添えた商品ではない。西洋由来の焼菓子を、鎌倉の土地で意味を持つ商品へ変換したものなのである。

鳩の形が土産物として強かった理由

鳩という動物には、商品化しやすい性質もあった。輪郭が親しみやすく、子どもにも大人にも伝わる。社寺との結び付きがありながら、特定の宗教知識がなければ理解できない難しい記号でもない。鎌倉を知らない人に渡しても、まず形のかわいらしさが伝わる。

ここに、菓子としての実用性が加わる。平たい焼菓子は、包装に収めやすく、複数枚を持ち運びやすい。鳩の輪郭は、焼き上がったときに形が見えやすく、商品の識別にも向いている。味を知らない人にも、包装を見ただけで何の菓子か伝わる。

土産物では、味の評価だけでなく、買う瞬間の納得感が欠かせない。鎌倉で鳩の形をした菓子を買う。そこには、土地と商品のつながりが最初から見えている。鳩サブレーは、食べる前から「鎌倉らしい」と理解できる設計になっている。

しかも、鳩は遠くから見ても姿を認識しやすい。複雑な建物や人物像に比べ、鳥の輪郭は簡略化しても意味が崩れにくい。型として繰り返し使うには、見た目の分かりやすさと製造上の扱いやすさが必要になる。鳩の形は、その両方を備えていた。

「サブレー」と「鳩三郎」:外来語が馴染まなかった時代の愛称

サブレーという名前の出どころ

商品名の「サブレー」は、フランスの焼菓子に由来する呼び名である。試作品を食べた人物が、フランスのサブレーに似ていると評したことから、この名前が使われるようになったと伝えられている。

ただし、明治30年頃の日本で、サブレーという言葉が誰にでも通じたわけではない。現在なら洋菓子店や菓子売り場で自然に目にする言葉だが、当時は西洋の食文化に触れる機会そのものが限られていた。名前だけでは、どんな味の菓子なのか、何を使っているのか、想像しにくかったはずだ。

新しい商品を売るとき、外来語には特別感がある。一方で、耳慣れない言葉は距離も生む。舶来品らしさを伝えるには便利だが、門前の土産物として広い客層に覚えてもらうには、もう一つの呼び名が必要になる。

そこで生まれたのが「鳩三郎」という愛称だった。

鳩の形と日本語の音

鳩三郎という名前は、鳩の形と「サブレー」の音を、日本語の人名らしい響きに置き換えたものだ。外来語のサブレーを聞いた人が、身近な名前のように受け止められる。少しユーモラスで、口に出しやすく、菓子そのものの姿も思い浮かべられる。

この愛称は、単なる語呂合わせ以上の役割を持っていた。商品に西洋風の新しさを残しながら、日本の客にとっての親しみやすさを加えているからである。

  • 「サブレー」は、バターを使う洋風焼菓子であることを示す。
  • 「鳩」は、鶴岡八幡宮や鎌倉との結び付きを示す。
  • 「三郎」は、聞き慣れない外来語を人の名前のように身近にする。

こうして一つの商品に、外来語の商品名と日本語の愛称が同居した。これは、洋風の食品が日本の暮らしに入り始めた時代らしい現象でもある。新しいものをそのまま受け入れるのではなく、耳で聞き、呼びやすい形へ変え、土地の感覚に合わせていく。

「サブレー」と「鳩三郎」は、洋風の味を売るために、外来語と日本語の距離を縮めた二つの呼び方だった。

名前が商品を育てる

菓子の名前は、味や形を説明するためだけにあるのではない。店頭で呼びやすいか、人に伝えやすいか、土産話の中に残るかも重要になる。

「鎌倉で鳩の形をしたサブレーを買った」と説明すれば、商品の姿は伝わる。しかし「鳩三郎」という名前があれば、名前そのものが記憶のきっかけになる。土産物は、食べる場面だけでなく、誰かに渡して由来を話す場面でも消費される。そこで呼び名に親しみがあると、商品の印象は強くなる。

一方で、正式な商品名としては「鳩サブレー」が残った。これは、鳩の形と洋菓子としての性格を一度に伝える名前である。愛称が親しみを担い、正式名称が商品の特徴を説明する。この二つが並んだことで、鳩サブレーは「珍しい洋菓子」であると同時に、「鎌倉の定番土産」として覚えられていった。

商品名に「鳩」が入っているため、形を見なくても鎌倉らしい菓子だと伝えやすい。反対に、「サブレー」が入っていることで、ただの動物型菓子ではなく、洋風の焼菓子であることも分かる。名前の中に、土地性と新しさの両方が置かれている。

進化する鳩の姿:尾びれが2本から3本へ変わった経緯

最初から現在の形だったわけではない

長く販売されている菓子は、最初から完成された姿で登場したように思える。しかし、鳩サブレーの形にも細かな変化があった。初期の鳩は尾の部分が二本だったとされ、後に三本へ変更されている。

この変更は、鳩の種類を正確に再現するためというより、焼き上がったときの見え方を整える意味合いが大きい。尾が二本だと、胴体から続く部分が太く見え、全体の輪郭に重さが出る。三本に分けることで、尾の形が細かく見え、鳩らしい姿が分かりやすくなる。

焼菓子の型では、図案を紙に描いたときの印象と、実際に生地を焼いたときの印象が同じになるとは限らない。生地は膨らみ、焼き色がつき、細い部分は目立ちにくくなる。型の細部は、焼成後の見え方を考えて調整しなければならない。

その意味で、尾の変更は小さなデザイン修正ではあるが、商品を長く作り続けるための実務的な改良だったと考えられる。鳩の印象を守りながら、焼き菓子としての輪郭を安定させる。形を定着させるまでにも、製造現場の判断が積み重なっている。

型のデザインと食べやすさ

鳩サブレーは、鳩の輪郭を一枚の菓子に落とし込んでいる。目や羽の細部を過剰に立体化するのではなく、全体のシルエットで鳩を感じさせる形だ。これは、焼き菓子としての強度にも関係する。

細い部分が多い型は、焼いている途中や包装するときに欠けやすい。反対に、輪郭を単純化しすぎると、何の形か分かりにくくなる。鳩に見えること、割れにくいこと、型から外しやすいこと、並べて収めやすいこと。そのバランスを取る必要がある。

尾を二本から三本に変えた経緯も、こうした商品設計の一部に位置付けられる。観光客が買う土産物は、店頭で美しく見えるだけでは足りない。持ち帰る途中で形が分からなくなっては困るし、包みを開けたときに鳩の姿が揃っていることも期待される。

鳩サブレーの形は、かわいらしさだけで成立しているわけではない。製造、包装、輸送、開封までを含めて、長く売るための形として調整されてきた。

一枚の菓子に土地の意味を込める場合、デザインは象徴性だけでなく、焼き菓子としての現実にも対応しなければならない。焼き上がりの膨らみや欠けやすさを無視すれば、鳩らしい輪郭は保てない。長く残る定番には、見た目の物語の裏側に、こうした地道な調整がある。

包装が支える土産物としての姿

鳩サブレーを思い浮かべるとき、菓子そのものだけでなく、鳩の図柄や商品名が配された包装を思い浮かべる人も多いだろう。平たい鳩の形と、それを保護する箱や缶などの包装。この組み合わせが、持ち帰りやすさと商品らしさを支えている。

焼菓子は、旅の途中で強い衝撃を受ければ欠けることがある。薄い形の菓子を土産物として持ち帰るには、菓子をまとめ、外からの圧力を受けにくくする包装が欠かせない。包装は単なる入れ物ではなく、鎌倉から自宅まで商品を運ぶための実用的な仕組みでもある。

同時に、包装は商品の目印になる。鳩の絵や文字と組み合わされれば、商品名を読まなくても鳩サブレーだと分かる。店頭で見つけやすく、手渡した相手にも鎌倉土産だと伝わる。容器や外装が、商品そのものの記憶を補強するのである。

ただし、鳩サブレーの歴史を考えるうえで、包装の具体的な形を過度に中心へ置く必要はない。確認できる商品の核は、バター風味の焼菓子、鳩の形、そして鎌倉と結び付いた名前にある。包装はそれらを保護し、持ち帰り、伝えるための役割を担っている。

形、味、包装を並べてみると、商品の構造が見えやすい。

1. バターを使った洋風の味で、明治期に取り入れた新しさを示す。

2. 鳩の形で、鶴岡八幡宮と鎌倉の土地性を示す。

3. 箱や缶などの包装で、持ち運びや保護、商品の識別を支える。

4. 「鳩サブレー」と「鳩三郎」の呼び名で、外来性と親しみを両立させる。

5. 尾の形を調整し、焼き上がりの見栄えと商品の安定性を高める。

どれか一つだけでは、現在のような定番にはなりにくい。洋風の味だけなら、鎌倉で買う必然性が弱い。鳩の形だけなら、菓子としての新鮮さが足りない。包装だけなら、他の土産物と区別しにくい。複数の要素が互いを補い合ったことで、鳩サブレーは一目で分かる商品になった。

毎年8月10日は「鳩の日」:鎌倉で愛され続ける銘菓の現在

「鳩の日」は、形を現代へつなぐ仕掛け

豊島屋では、毎年8月10日を「鳩の日」としている。鳩という形を商品名の中心に置いてきた店にとって、記念日を設けることは自然な展開に見える。毎年同じ日に鳩の存在を思い出してもらい、定番商品に新しい関心を集める機会にもなる。

8月10日という日付は、数字の語呂から鳩を連想させる記念日として定着している。夏の観光シーズンとも重なり、鎌倉を訪れる人が増える時期に、鳩サブレーを改めて意識してもらえる。記念日に合わせた商品が登場することもあり、長年の定番に季節ごとの話題が加わる。

ここで大切なのは、記念日が新しいキャラクターを後から付け足したものではない点だ。鳩サブレーは最初から鳩の形を核にしている。鳩の日は、その中心にある意匠を現在の消費者に向けて言い直す役割を持つ。

定番商品は、知られているからこそ、見過ごされやすい。毎年同じ時期に鳩を前面に出すことで、昔からの購入者には懐かしさを、新しい世代には発見のきっかけを提供できる。記念日は、過去の商品を保存するだけでなく、現在の暮らしの中に置き直すための仕掛けになっている。

鎌倉土産としての強さ

鎌倉のお土産には、寺社や大仏、海、古い町並みを思わせる商品が多い。そのなかで鳩サブレーが長く知られてきた理由は、鎌倉らしさが過剰に説明されていないことにもある。

鳩の姿を見れば、まず菓子として理解できる。包装を見れば、鎌倉の土産物だと分かる。食べれば、バターの香りを持つ洋風焼菓子だと分かる。難しい由来を知らなくても楽しめる一方、由来を知れば、形の見え方が変わる。

鶴岡八幡宮の「八」と鳩のつながりを知ると、ただかわいいだけの形ではなくなる。鎌倉の門前町で生まれたこと、和菓子屋が洋菓子に挑戦したこと、外来語を日本語の愛称に置き換えたことまで、薄い一枚の中に重なって見えてくる。

旅行者が買う土産物には、実用的な役割もある。配りやすいこと、持ち帰りやすいこと、相手に説明しやすいこと。鳩サブレーは、味だけでなく、土産物に求められる条件を早い段階から満たしていた。

鳩サブレーが持つ要素土産物として伝わる内容
鳩の形鎌倉や鶴岡八幡宮を思い出させる
バター風味明治期に取り入れた洋菓子らしさ
「サブレー」の呼び名西洋由来の菓子であること
「鳩三郎」の愛称外来語を親しみやすくした工夫
包装菓子を守り、持ち帰りやすくする役割
鳩の日現在も続くブランドとの接点

鳩サブレーは、由来を知らなくても鎌倉土産として成立する。しかし、背景を知れば、形や名前、包装の意味が一つずつつながっていく。分かりやすさと奥行きが同居していることが、長く愛される土産物の強さなのだろう。

「和菓子屋が洋菓子を作った」だけではない

鳩サブレーの誕生秘話は、和菓子屋が外国の菓子を見て、同じものを作ろうとした話として紹介されることが多い。しかし、そこだけを強調すると、商品の本質を見落とす。

豊島屋が取り入れたのは、バターを使う洋風焼菓子の考え方だった。形は鎌倉の信仰と観光の記憶から選び、名前は外来語と日本語の両方で受け止められるようにした。さらに、焼き上がりの姿や持ち運びまで考え、土産物としての完成度を高めていった。

これは、外国のものを日本風に変えたという単純な話でもない。明治期の鎌倉に必要だった商品へ、異なる文化の要素を組み合わせた結果である。洋風の味は新しさを生み、鳩の形は土地とのつながりを生み、愛称は人との距離を縮め、包装は旅の途中の実用性を支えた。

それぞれの要素に別の役割があったから、商品全体が無理なく定着した。

鳩の形に焼き付いた、鎌倉の明治史

鳩サブレーの形の由来をたどると、答えは一つの理由に絞れない。鶴岡八幡宮の本宮に掲げられた「八」の字、境内で親しまれてきた鳩、そして門前町の土産物として土地の記号を菓子に取り入れる発想。その三つが重なって、鳩の形が選ばれた。

そこへ、明治期に伝わったバター風味の洋菓子が加わった。和菓子屋としての技術を使いながら、西洋の素材と製法に挑戦する。呼び名には「サブレー」という外来語を採り入れつつ、耳慣れない響きを「鳩三郎」という愛称で親しみやすくする。さらに、尾の形を調整し、焼き菓子としての輪郭を整えていく。包装も、形を守り、鎌倉から持ち帰る土産物としての役割を担ってきた。

鳩サブレーの鳩は、鎌倉の信仰と観光の記憶を、洋風焼菓子の輪郭に置き換えた形である。

現在、鳩サブレーを食べるとき、明治の鎌倉まで意識する人は多くないかもしれない。それでも、鳩の輪郭を見れば鎌倉を思い出し、包みを手にすれば旅の場面がよみがえる。定番のお土産が長く残るのは、味が知られているからだけではない。土地の記憶を、誰にでも分かる形で持ち帰れるからだ。

鳩サブレーは、和菓子屋が洋菓子に挑んだ結果として生まれた。そして、その挑戦を鎌倉のものとして定着させたのが、鳩の形だった。外国から来た味を、鶴岡八幡宮の記号と結び付け、名前と包装にまで落とし込む。その一連の工夫が、明治の菓子を現在の鎌倉土産へと育てたのである。

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よくある質問

鳩サブレーはなぜ鳩の形をしているのですか?
鶴岡八幡宮の本宮に掲げられた「八」の字が向かい合う二羽の鳩に見えることと、境内に鳩が多く生息していることから、鎌倉を象徴する形として採用されました。
鳩サブレーの「サブレー」という名前の由来は何ですか?
明治30年頃、豊島屋を訪れた外国人が持参した西洋風の焼菓子がフランスのサブレーに似ていたことから、その名が使われるようになりました。
鳩サブレーの尾の形が変わったのはなぜですか?
当初は尾が二本でしたが、焼き上がった際により鳩らしい姿を明確にし、焼き菓子としての輪郭を安定させるために三本へ変更されました。
「鳩の日」とは何ですか?
毎年8月10日を「鳩の日」として、鳩サブレーの形を核としたブランドの魅力を再確認し、定番商品として改めて関心を持ってもらうための記念日です。

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