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厳島神社の大鳥居はなぜ海の中で倒れない?自立を支える構造と先人の知恵

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厳島神社の大鳥居はなぜ海の中で倒れない?自立を支える構造と先人の知恵

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H1: 厳島神社の大鳥居はなぜ海の中で倒れない?自立を支える構造と先人の知恵

宮島の海に立つ厳島神社の大鳥居を、写真や実際にご覧になった方は、きっと一度は「なぜ倒れないのだろう」と不思議に思ったはずですよね。堤防沿いの遊歩道や、フェリーの中から海越しに見ると、まるで海面に浮かんでいるように見える朱色の鳥居。干潮時に潮が引いた海の中まで歩いていくと、柱の根もとが海底に埋め込まれてはおらず、太い石の上にそっと置かれていることに気づきます。それでも高さ約16メートル、総重量約60トンという巨大な鳥居が、明治の初期から百五十年にわたって台風の季節を含めて傾くことなく立ち続けている。多くの方が、きっと一度は不思議に思われたはずです。

本記事では、あの鳥居が海の中で倒れない理由を、構造・素材・基礎技術という三つの観点から、できるかぎり具体的にひもといていきます。古来より宮島が「神の島」と敬われてきた土地の知恵と、それを明治・大正・平成・令和と受け継いできた工匠たちの仕事の積み重ねが、今の私たちの目の前にある一つの景色を作り上げています。

大鳥居は海底に埋められていない。約60トンという自重だけで、海のなかに静かに立っている。

「埋め込まず、置く」という逆転の発想

厳島神社の大鳥居は、現代の建築で用いられるコンクリート基礎や鉄筋ボルトによって海底に「固定」されているわけではありません。柱の根もとは土台石の上に置かれているだけで、海底の砂地には埋め込まれていません。つまり、潮が満ちてくるたび、海の中に「浮かぶ」ように見えるあの鳥居は、文字どおり自分の重さだけで立っているのです。

ここでいう「自重」が、約60トンという数字です。ただし、60トンが単純に柱を海底に押し付けているわけではありません。鳥居の上部にある笠木(かさぎ)と島木(しまぎ)は、内部が箱状にくりぬかれた構造になっており、そのなかに約7トンもの小石が詰められています。これが天に近い位置で重しとなり、全体の重心をぐっと低いところに安定させているのです。土台石は柱を海底に押し付けるためのものではなく、あくまで柱底を水平に保つためのもの。鳥居本体が倒れないようにしているのは、あくまで鳥居自身の質量と、笠木という天上部にある小石の重さです。

強風や潮流に対して構造物全体を「上から押さえ込む」ような力のかけ方が、現代の建築で見られる「基礎でがっちりとめる」の発想とはまったく逆向きです。土台を重くするのではなく、天に近い部分を重くすることで、下からの引き抜きと横からの揺れに耐える。まるで碇を下ろした船が潮流に逆らわず流れの中で静止するのとよく似た、柔らかな平衡の取り方——それが、約150年間にわたってこの鳥居を海の上に留めてきた知恵の正体です。「沈めるのではなく、置く」。この大きな決断が、すべての出発点でした。

海の上の建造物であっても、波消しブロックのように海底をコンクリートで覆ってしまえば、海そのものが持つ潮の浄化や生態系の力を奪ってしまいます。宮島は古くから「神の島」として海と一体の自然に守られてきた場所であり、その海そのものを傷つけないことこそが鳥居の建て方の前提でした。だからこそ「埋め込まず、置く」という一風変わった選択が、明治の工匠たちにとってごく自然な結論だったのです。台風が来て海が荒れる夜も、鳥居は海の上にぽつんと浮かび続けて、朝になるとまた何事もなかったようにそこにある。その静けさのなかにも、この「置かれた」構造の強さが秘められています。

千本杭(せんぼんくい) — 砂地を固める見えない基礎

鳥居が立っている場所は、潮が洗う軟弱な砂地です。そのままでは60トンの自重で柱がめり込んでしまうか、横に押し流されてしまうかのどちらかでしょう。そこで登場するのが、「千本杭」と呼ばれる伝統的な基礎技術です。

海底の砂地に松の丸太を何本も打ち込み、地盤そのものを強くしていきます。「千本」という数そのものが、実際には何百本もの松杭を密に打ち込んだことを示していて、これは和船の造船所や橋脚の基礎固めにも古くから用いられてきた知恵そのものです。打ち込まれた松杭は、海水と砂とが絡み合いながら固まり、やがて鳥居の足元を板のように支える地盤を作り出します。地中で松杭どうしが互いに押し合い、支持層と一体化していく——これは、現代の土木でいう「地盤改良」の発想そのものです。

異なるのは素材と手法で、鉄やコンクリートの代わりに何百年も海中で腐りにくい松を用い、人の手と木槌で一本ずつ打ち込んでいく。松材は水に強く、樹脂を多く含むため海中での耐久性に優れていて、適度な粘りを保ちながら砂を噛んで固定する性質があります。明治八年(1875年)に九代目となる現在の大鳥居を建て替える際にも、この伝統的な施工がそのまま踏襲されました。工法こそ古いものですが、論理としては現代の杭基礎とほとんど変わらないわけです。

実際に干潮時に鳥居の足元まで歩いてみると、強い潮流で砂が流された部分に、何本もの松の杭の頭が顔を覗かせていることがあります。140年前の工匠が一本ずつ打ち込んだ松杭が、ここで今も、鳥居の足元を静かに支え続けてくれています。ぱっと見ただけでは気づかない、その静かな仕事ぶりが海の一番深いところで行われてきたのだと、自分の目で確かめると、より深い感慨が湧いてきます。

六本柱の「両部鳥居」 — 主柱と控え柱の働き

大鳥居の構造を見てみましょう。写真などでよく目にするのは2本柱の鳥居ですが、厳島神社のものは「両部鳥居(りょうぶとりい)」、あるいは「四脚鳥居(しきゃくとりい)」と呼ばれる形式の鳥居です。

主柱(しゅちゅう)の前後に、それぞれ袖柱(そでちゅう)または控柱(ひかえばしら)と呼ばれる控えの柱を2本ずつ配置しています。合計6本の柱が、上部の笠木・島木を支えています。控え柱があることで、海から受ける横方向の力——潮流や強い南風の圧力——に対して、構造全体で受け止め、分散できるのです。

ここが、現代の鉄骨造などでよく見られる耐震のためのブレースや制振ダンパーと発想としてはよく似ています。揺れに対して、主構造とそれを補助する構造とが同時に働く。両部鳥居の形式は、海上でこそ意味を持つ、最初から潮と風を前提にして考え抜かれた構造だったのです。仮に主柱の片方が流木などで損傷したとしても、残る五本の柱が役割を補い合い、笠木全体を落とすリスクをへらす。控えの存在が、鳥居としての形を長く保ち続ける理由にもなっています。

大鳥居の各部の主な寸法は、おおよそ次のとおりです。

部位寸法・数値
高さ約16.6メートル
笠木(棟)の長さ約24.2メートル
主柱の周囲の長さ約9.9〜10メートル
総重量約60トン
笠木・島木内の小石の重さ約7トン
本社拝殿からの距離約108間(約160〜200メートル沖合)

主柱の周囲が約10メートルというのは、樹齢数百年クラスのクスノキの幹を、丸太一本のまま抱え込んでいるという計算になります。鳥居の足元から天を仰ぐと、笠木の長さ24メートルを超える梁が私たちの上を水平に渡っていて、それが前後の鳥居全体で支えています。そのスケールの大きさは、ちょうど海に浮かぶ船の甲板を見上げるような、開放感のある眺めにしてくれています。潮が柱の脚を洗う音を聞きながら、見上げ、見下ろし、構造の立体的な広がりを感じる——それが、海に立つ両部鳥居ならではの愉しみ方です。

クスノキという選択 — 海に向かって選ばれた樹種

主柱に使われているのは、クスノキ(樟)の巨木です。クスノキは東アジアの森を代表する常緑の広葉樹で、樟脳(しょうのう)という強い香りの成分を多く含みます。この成分が、虫を寄せつけず、また比重が大きく脂気を帯びた木質が、潮風や湿気から材を守ってくれるのです。工事中の鳥居に近づくと、どこからともなくツンとした樟脳の香りが漂ってきます。これは、防虫という実用的な目的にとどまらず、木が今もまだ生きていることを教えてくれる手仕事の証でもあります。

海に向かって立つ木造構造では、どうしても「木が腐る」「虫に食われる」「乾湿の繰り返しで材が割れる」という三つの大きな問題に直面します。クスノキは、この三つに同時に向き合ってくれる、数少ない在来樹種です。京都や奈良の古社寺では本殿の柱として重用されてきましたが、それをあえて海の上に持ち出したというのが、明治の工匠たちの判断でした。宮島の山林にも、かつては大きなクスノキが自生していたとされ、海岸に近い土地から木を伐り出し、海まで引き出して鳥居を建てたという記録が残っています。

ただ、どれだけ強い樹種でも、海に立つ木部の基礎部分は、長い年月の中でどうしても傷んでいきます。そこで厳島神社では、「根継ぎ(ねつぎ)」と呼ばれる伝統的な修復技術によって、傷んだ箇所だけを少しずつ取り替えながら、鳥居を継承してきました。木材を全部取り替えるのではなく、腐食しやすい根もとなどの一部分を新しい木材と継ぎ、当初の鳥居としての形を保ちながら、部分部分を丁寧に次世代の木へと受け渡していく。九代目として現在の大鳥居が建って以来、140年以上にわたって、木であり続けるための細やかな手入れが繰り返されているのです。

九代目という時間 — 創建から令和の大改修まで

厳島神社の創建は、推古天皇の御代・西暦593年にさかのぼります。現在の朱塗りの大鳥居は、明治8年(1875年)に再建された九代目にあたります。平安の昔からの長い時間の中で、度々台風や高潮に見舞われながら、その都度再建が重ねられてきたのが厳島神社の大鳥居の歴史です。

記録を丁寧に追っていくと、これまでに何度も自然災害によって鳥居が損なわれてきたことが見えてきます。建物を海の上に置くということは、海と自然の中に身をさらし続けるということでもあります。それでも九代目の鳥居は、明治から令和まで百数十年のあいだ、台風の季節を含めて海の上に立ち続けています。1899年(明治32年)には国の重要文化財に指定され、1996年(平成8年)には「厳島神社」として世界文化遺産にも登録されました。二十世紀のあいだには何度か修繕が重ねられ、屋根の葺き替えや彩色が繰り返されてきました。

そして2019年6月からはじまったのが、「令和の大改修」と称された大掛かりな修繕工事です。これは大鳥居にとどまらず、社殿群の彩色替えや、海中の基礎部の補修を含む全体的な修復でした。専門技術者による詳細な調査のもとで、傷んだ木材の根継ぎ、笠木・島木内部の構造確認、そして表面を覆う朱塗りの塗り替えが順を追って進められました。期間中は大鳥居の前面が工事用の仮設覆いに覆われ、潮の中にぽつんとシルエットを浮かべることもなく、月日だけが過ぎていった時期がありました。工事は2022年12月に完了し、現在の私たちが目にしている清々しい朱色の鳥居は、この大規模な修復を経た姿です。

「倒れないから見える」のではなく、「見え続けるために知恵を注ぎ続けてきた」鳥居。

足元の木の柱から、最上部の笠木まで、約150年ごとに向き合ってきた自然——それを今また次の100年に送り出す工事が、ここ数年で静かに完了していた。そう思うと、私たちが見ている鳥居は「不動の構造物」ではなく、職人の手と時代の素材の積み重ねが、今の姿を支えてくれているのだと伝わってきます。一つひとつの工程におそらく何百人という手と、何十トンという素材が関わり、今の朱色の姿に結実している。その静かな仕事の結果を、私たちは鳥居の向こう側の夕焼けの中で見ているわけです。

干潮時の散歩道 — 海に立つ鳥居を自分の足で確かめる

ここまでで、大鳥居が倒れない仕組みについてはその輪郭が見えてきたかと思います。最後に、少しだけ実用的なお話を。海に向かって歩いてみたい、と思う方がほとんどですよね。

干潮時には鳥居の手前まで歩いて近づくことができます。その目安は、潮位がおおむね100センチ以下のとき。宮島の潮汐表や、その日の予報で潮位を確認したうえで、干潮の前後1〜2時間前後がもっとも近づきやすい時間帯です。満潮と干潮の差が大きい大潮・中潮の日を狙うのも一つの方法です。潮位が数十センチまで下がる日には、鳥居の真下を通って、裏側まで回ることができる瞬間もあります。

ただし、砂地には深い部分があります。また足元は海藻や小石で滑りやすく、ぬれていれば歩きにくい場所も出てきます。潮が満ちてくる速さは見た目よりずっと速いので、陸側に戻る時間を逆算して、余裕を持って歩きたいものですね。日没前後の時間帯だと、満ちてくる潮が鳥居の朱色と夕空を同時に映して、たいへん美しいシルエットを見せてくれます。カメラの露出を少し落として撮ると、鳥居の赤と夕空の橙がやわらかく重なり、海面に二重の鳥居が浮かぶように写ります。

鳥居のすぐそばまで行くと、先ほどお話しした「千本杭」が透けて見えることがあります。砂が潮流で流された部分には、何本もの松の杭の頭が顔を覗かせています。140年前の職人が一本ずつ打ち込んだ松杭が、ここで今も鳥居の足元を静かに支えている。そのことを自分の足元で感じられるのは、海の上でしかできない体験ですよね。千本杭の一つひとつは、見た目には何の変哲もない松の棒杭です。でもそれが一本、また一本と寄り集まって、60トンの鳥居の足元を数十年にわたって支え続けてくれている。その静かな積み重ねに思いをはせると、潮の引く音もまた少し違って聞こえてきます。

結びに代えて

厳島神社の大鳥居は、コンクリートで海底に固定された建造物ではありません。約60トンという自重と、笠木・島木の内部に詰められた小石という「重し」、それに千本杭と両部鳥居という伝統的な構造技術、そしてクスノキと根継ぎという素材の知恵——この四つの力が重なり合って、あの海の上の風景を作り出しています。

もっといえば、それは「技術」だけではなく、明治の工匠から令和の修理技術者まで、鳥居を継承してきた人々の連綿とした仕事の蓄積です。海に向かって立つ建造物は、陸の上の建物とは違って、自然と真っ正面から向き合い続けなければならない存在です。その姿勢を、少しずつ手仕事で受け渡してきた人々の営みが、今の鳥居の姿そのものに反映されています。一度建てれば終わりではなく、建てた瞬間から、風雨や潮流と付き合いはじめる——それを受け入れながら、数十年単位で手入れを積み重ねていく。木造で海に立ち続けるという覚悟が、そのまま一つの構造物のかたちに結実しているのだと感じられます。

写真を撮ってくださる方も、ただ眺めてくださる方も、その鳥居が先人たちの仕事の積み重ねであることに思いをはせていただけると、海からの帰路が少し違って見えるかもしれません。夕方の潮が満ちてくる頃合い、鳥居が海に沈んでいくあの静けさ。夜の宮島で聴く、波の音と鳥居の余韻を、ぜひ一度ゆっくりと味わってみてください。

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よくある質問

厳島神社の大鳥居はなぜ海の中で倒れないのですか?
海底に固定せず、鳥居自身の約60トンの重さと、上部に詰めた約7トンの小石による重心の安定によって自立しています。さらに、千本杭で固めた地盤と、6本の柱で支える両部鳥居の構造が、潮流や風の力を分散させています。
鳥居の足元は海底に埋められているのでしょうか?
いいえ、埋め込まれていません。柱の根元は土台石の上に置かれているだけで、海底の砂地には固定されていません。
大鳥居の修復はどのように行われていますか?
傷んだ箇所だけを新しい木材と取り替える根継ぎという伝統的な修復技術を用いて、当初の形を保ちながら次世代へ継承しています。2019年から2022年にかけては、彩色替えや基礎部の補修を含む大規模な改修が行われました。
鳥居の近くまで歩いて行くことはできますか?
干潮時には鳥居の近くまで歩いて行くことが可能です。潮位がおおむね100センチ以下の時間帯が目安となります。
なぜ鳥居の素材にクスノキが使われているのですか?
クスノキは防虫効果のある成分を含み、比重が大きく脂気があるため、潮風や湿気に対して高い耐久性を持つからです。

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